夜空のドラゴンズ

中日ドラゴンズ応援ブログです。

老舗球団 中日ドラゴンズの活躍に私的な意見など書いていきたいと思います。

私的なドラゴンズ日本シリーズ戦記 1954年

新年あけましておめでとうございます。


本年の一発目はあの伝説。そして日本シリーズ戦記の最後の章って言ったら、日本シリーズにこれから出れなくなりそうなので、最初に書くべきだった1章ということにしましょう。


子供の頃、実家の納屋から古い新聞が出てきた。日付は昭和29年8月だったと思う。まさかと思い、スポーツ欄を見ると中日が首位をキープというような記事が載っていた。すでに60勝以上で20数敗。貯金40くらいの成績。


圧倒的ということではなかったようだ。巨人を振り切るにはやはり苦労はしていたように見受けられる。8月終了時点で巨人との差1.5まで追い詰められていたようです。最終的に86勝した中日は5.5差で巨人を抑え、球団史上初の優勝を飾る。


なんといっても杉下さん32勝というのがすごい。投手のタイトルをことごとく手にしている。ミスタードラゴンズ西沢道夫は多分、大ベテランだったかもしれない。投打の両輪がいたことになる。名将と呼ばれる天知監督はシーズン前よりローテーションを組んでいたらしい。そして、多分ひとりひとりに、この日はお前投げてくれというようなことを伝えていたと、後年、杉下さんが語っていた。悲願の初優勝。まだ2リーグ制になって間もない時だった。


当時の主力
投手 杉下さん。いまだに健在な姿を見れる。当時、フォークを駆使していたと言われるが、杉下さん自体はそれほど投げていなかったと言っていたことを聞いたことがる。あまり投げすぎると肘などを痛めるということを知ってか知らずか、伝家の宝刀として温存していたのでしょう。杉下さんはフォークを1試合に数球しか投げなかったらしい。その落差と揺れに打者は驚き、いつあの球が来るかという幻惑に取り憑かれる。まさに魔球と言われた球を投げていたらしい。この人がいたからこそ優勝できたのだろう。御年90を超えても、背筋がピンとしている。まさに中日史上最強の伝説の投手。


打者 西沢道夫。写真でしか知らないが、二刀流の選手です。プロ入りは投手だと思う。伝説のプロ野球史上もっとも長い延長戦。延長28回を投手時代に投げぬいた人ですね。でもその延長28回はそれほど苦になるような長さではなかったと言われる。もちろん最終的にはサスペンデットかなんかになったんでしょうが。試合展開は非常に早かったらしい。西沢は311球投じたと言われる。やはりテンポよくもしんどいでしょうね。後年、打者に転向しても多分、ウッズが破るまで球団記録だったと思われる、年間46本塁打の記録を残している。ダンディーでお洒落だったと言われる。


本多逸郎。
うってつけの一番打者だったような感じですね。美男子でかなりモテたようですね。古い写真で見ても男前だと思う。日本シリーズで適地へ行っても女性が追いかけてきたとか。昭和29年だけに、なかなかスゴイ。ダンディーな西沢はいるし、美男子の本多はいるしで当時の中日はわりと華やかだったのかな?


杉山悟
この人はスラッガーですね。30本近いホームランを打てる人だったようです。後年、解説者でよく出ていたようなきがするんですが・・・杉浦清さんと勘違いしているかもしれない・・・


井上登さんもこのころ芽が出始めたころですかね。って多分知らないと思うけど。私はよく解説で出ていたのを聞いたことがある。とても中日の心配をしてくれていた気がする。


あんましわからないので、説明しようがないのですが、永久欠番の服部さんも現役ではあったようですね。ほか中日の通訳だった足木さんもいたみたいです。


中日はリーグ初優勝。日本シリーズの相手はパリーグシーズン90勝の西鉄ライオンズ。この当時の西鉄なのでかなりの強敵と思われた。でもどうも時代背景を考えると、豊田などの主力はまだ若かったようですし、稲尾もいない。若いチームのようでしたね。対する中日は海千山千の西沢、服部、杉下に加え、若い選手も融合した総合力のあるチームだったと推測します。


第1戦、第2戦は中日球場。ナゴヤ球場とは言っていないところが・・・結構、球場経営っていろいろあるみたい。中日球場って会社?後年、倒産したとか言われてましたが。まあともかく、いきなり2連勝でスタートした中日。杉下さん1戦目完投して、2戦目もリリーフしてるし・・・西沢さん2戦目2ラン。役者がいきなりやってくれてます。


3戦目からは九州の平和台へ。どうもこのころは地元意識は非常に強く、ものすごいアウェー感があったようですね。中日のベンチにもいろいろいたずらされていたようです。まあ名古屋でも同様のことをしていたかどうかはわかりませんが・・・それもあってか3戦、4戦は連敗。4戦目は杉下さんが完投しても落としたのが痛いな。じゃあ5戦目って、また杉下さん先発?しかも完投勝利。この時代はそうだとはいえ、これは杉下さん、しんどいわ。西鉄も大津、河村などが連投。とにかく完全アウェーで一つ拾った中日。


そして地元名古屋へ。第6戦先制するも逆転負け。石川投手で負けたが、杉下さんを温存した中日。となると決勝の第7戦は杉下さんしかいない。


西鉄河村との投げ合いが続くなか、中日は虎の子の1点をもぎ取る。それを杉下さんが投げ切って完封。とにかく杉下さんはこのシリーズ3勝1敗と大車輪の活躍。MVPは杉下さん。杉下づくし!って感じだけど、これが球団史上初の日本シリーズ制覇!日本一になった中日ドラゴンズ。


モノクロの映像、モノクロの写真しか残らないが、最後の打者を打ち取って一塁手、西沢さんかな?が万歳。天知監督が体を丸めるようにして宙に舞う。杉下さんは精も根も尽きたように、西沢さんに肩を担がれる。なにか遠い遠い昔の・・・それでいて燦然と輝く場面が残されている。


この後年、中日はリーグ優勝に20年。日本一に53年の歳月をかけることとなる。だけに・・・それだけに昭和29年 西暦1954年はいつまでも輝く続ける伝説でもある。


伝説の日本一から65年になろうとしている。2018年、当初に時は2018年、ドラゴンズは5年連続のBクラスを続けていると書いてしまった。あえて書くと


時は2019年。ドラゴンズは・・・6年連続Bクラスを続けている。と書くしかない。


今年は・・・ちょっと違うかもしれない。毎年言ってるんだけどね。やってくれる!きっと。と思い、気を長くして待とう。


今年もよろしくお願いします。